菅平高原観光協会

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INTERVIEW

勝利の縁の下~アスリートを支える勝負師~ vol.1 トレーナー 古川雅貴(前編)

July.8.2019

ボクシングで培った勝負魂

結果を手にし、スポットライトを浴びるのは競技者だが、そんな彼らをバックアップする人たちこそ、「勝つため」に必要なものを知っている。プロボクサー、スポーツ紙記者を経てスポーツトレーナーに転身し、ソフトボール日本代表のアテネ五輪銅メダル獲得を支えるなど、多くの経験を持つ古川雅貴氏(ふるかわマッサージ療院)に「勝つため」の本質とは何かを語っていただいた。3回に分けて紹介する。

取材・文/矢内由美子

野球少年プロボクサーになる

古川氏の経歴はとてもユニークで、なおかつ華麗だ。

生まれは1969年、千葉県。プロ野球選手に憧れる少年時代を過ごし、千葉・市川高校時代は甲子園を目指して練習に明け暮れた。

「プロ野球選手になるのは高校に入る段階で無理だと思いましたが、甲子園の夢については最後まで絶対にやり抜こうと思っていました。私たちの代は、習志野高校などの強豪校とも互角に戦えていたレベル。3年の夏は4回戦で千葉商科大学付属高校に延長12回サヨナラで負け、高校野球生活が終わりました」

高校卒業後、学習院大学に進んだ古川氏は体育会野球部に入部したものの、3カ月で退部した。部の雰囲気は趣味的に楽しむというムードであり、真剣に取り組みたい古川氏とは温度差があった。

「野球以外で何か真剣に向き合えるスポーツをやりたい」

大学生から始めても本格的なレベルまでいけるスポーツは何かと考えてたどり着いたのがボクシングだ。いくつかのジムを回った古川氏は、その中から角海老宝石ジムに入会。大学1年の秋から本格的にトレーニングを始めた。

ただ、ジムに入った当初はまったく相手にしてもらえない毎日だった。ミット打ちの相手をしてくれる人もおらず、話し相手もいない。しかし、これで辞めるようではボクシングを始めた意味がない。

古川氏は自身で毎日のノルマを課して、黙々とトレーニングを続けた。すると、徐々に声を掛けてもらえるようになった。

「お前、毎日来てるな。ちょっとスパーリングでもやってみるか」

声を掛けられて、うれしく思った。サンドバッグ打ちをさんざんやってヘトヘトになっているような状態でのスパーリングはきつかったが、顔をそむけることはなかった。

「お願いします!」

返事は毎回それだけ。なにしろ、断ったら次からは相手にしてもらえないのだ。

「思い返せば初めてのスパーリングの時は、1分ぐらいでガス欠になって、その後は一方的に打たれるだけだったんです」

打たれないためには、スタミナをつけるしかないと、毎日1時間のランニングを欠かさず続けた。こうして大学1年の3月にプロテストに合格。大学2年の4月に4回戦デビューを果たし、その後の約2年間で5試合を行い、通算2勝1分け2敗。そこでスパッとボクシングをやめた。

勝敗以外の産物

高校の女子ボクシング部を指導する古川氏

「ボクシングをやっているときは、練習時間が来るのが怖いと思いながら、緊張感のある毎日を過ごしていた」という古川氏が、プロボクサーという肩書きが大きな効力を持っていることに気づいたのは、引退してから間もない頃だった。スポーツ新聞4紙を受け、すべて合格したのだ。面接ではボクシングの話をするだけで、面接官が満足してくれた。

「ボクシング体験が私の人生を作ってくれました。必死にボクシングに取り組んだあの3年間が、人生のターニングポイントです」

古川氏は今、このように言う。そして、ある確信を持っている。

「私は、勝負とは勝たなければダメだというのが大前提だと考えています。そのうえで、勝負には、形に見える勝ち負け以外のものがあると思っています。それは本気で戦うことによってのみ得られるもの。学生時代のボクシング経験は私に、勝ち負け以外の副産物を与えました」

さらに、人生にはここぞという、勝負を畳みかけるべき時期が必ずあるということも力説する。

「私の場合、それはボクシングをやっていた3年間。そこにすべてが凝縮していました」

ただし、ボクシングでは世界の頂点に立てるという思いには至らず、それが就職活動でスポーツ新聞を受けることにつながった。古川氏が目指したのはスポーツライター。スポーツ新聞はその入り口という位置づけだった。

(次回掲載7月17日予定)

「ふるかわマッサージ療院」では多くのアスリートを指導する。写真は元ショートトラック日本代表・桜井雄馬さん

古川 雅貴(ふるかわ・まさたか)
1969年7月20日、千葉県生まれ。学習院大学卒業後、スポーツニッポン新聞社を経てスポーツトレーナーの道へ。アテネ五輪ソフトボール日本代表チームトレーナー。ルネサス(現ビックカメラ)高崎女子ソフトボール部では全国大会24回のうち16回の優勝に関わる。マッサージ、はり、きゅう、JATI-ATI(トレーニング指導者)、NSCA-CSCS、日本赤十字社救急法救急員の資格を持つ。群馬県前橋市に「ふるかわマッサージ療院」( http://www.xin-yi.net/furukawa/ )を構えている。