菅平高原観光協会

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INTERVIEW

勝つためのマネジメント
vol. 1 帝京大学ラグビー部監督 岩出雅之(後編)

July.29.2019

スポーツ心理学の実践と講義

帝京大学ラグビー部を率いて全国9連覇を果たした岩出雅之監督は、部が結果を出すようになる転機が生まれるきっかけとして、スポーツ心理学の導入があったと語る。2007年度の第44回大会でベスト4になった背景の話が、前回のインタビューで出てきた。スポーツ選手にとって大切なモチベーションや、理解して自分のものにする反復の意識。実際に帝京大学でスポーツ心理学の講義に出席した。

写真・文/中島良平

ネガティブを断ち切る

スポーツ心理学とは。国立スポーツ科学センターの定義によると、「スポーツに関わる課題を心理学的側面から明らかにして、スポーツの実践や指導に科学的知識を提供する学問」だ。その学問と向き合ったことでチーム内にはモチベーションの好連鎖が生まれ、「勝てるチーム」の文化が醸成された。

「まだ年度の初めだからウォーミングアップですよ」と、岩出監督は前置きする4月。帝京大学で毎週、岩出監督(ここでは教授と呼ぶべきだが、監督で統一させていただく)が受け持つスポーツ心理学の講義は、学生たちにも人気の授業だ。300人ほど受講しているだろうか。広い講義室の席は埋まっており、学部の違いや運動部に所属するかどうかも問わず、アスリートだけに向けられた講義ではないことが学生たちの姿からもよくわかる。

「3秒間息を吸って、お腹に空気を入れたら3秒間息を止めます。はい、3秒かけて息を吐いて」

チャイムが鳴って岩出監督が講義室に姿を現すと、最初に学生たちと深呼吸をする。これを数回繰り返した後に、挨拶をして講義が始まる。前述の通り、年度の初めであるから、実践的なスポーツ心理学を考える手前の基礎的な項目を共有することから始まる。

スポーツ心理学の基礎として大事なのは、「特性」と「状態」の違いを知ること。

「特性(characteristic)」と「状態(state)」が何であるのかをきちんと理解できているか。自分の意思や行いで変えることができない前者と、自分の意思や行いで変えることができる後者。背が高くなりたいといって身長を伸ばすことはできないし、生まれや育ちといった過去も変えることはできない。その「特性」にちなんだ部分を悩んでも仕方ない。自分の「特性」を受け入れて把握し、大抵の悩みの原因である「状態」をどう変えようとするか。スポーツ心理学の根本はそこにあると監督は語る。

「変えようと思って変えられないことにただ向き合っても、時間が過ぎていくだけです。例えば、チーム内で人間関係に悩んだとします。他人を変えることはできません。しかし、自分を変えることはできる。自分にできることをやり、自分が変わることでポジティブな影響が周りに生まれたら、結果的に周りが変わって人間関係がポジティブなものになります」

自分にできることが何かを考えて、それを実践に移す。変えられない自分の「特性」を変えようとするのではなく、「状態」を意識や行いによって変える。それが自分のいい部分を伸ばすことにつながり、好循環が生まれていく。スポーツ心理学がいい形で実践される基本には、その仕組みがある。講義を終えると、次のように話してくれた。

「今日の授業は初回なので、スポーツ心理学の概論です。総合的なイメージを持たせて、次回から集中力や闘争心、ゾーンの話など各論に入っていきます。私はチームの監督として選手やコーチたちと日頃から接しているので、スポーツ心理学の講義とラグビー部の活動のリアルが重なっています。選手たちがプレッシャーを受けているときにどのように対応するかなど、実践で得られた知識がスポーツ心理学の講義にも反映される。本で得た知識だけで講義を行なっているわけではないので、学生たちも楽しんでいると思いますよ」

果たして「勝つ」ことだけが大切なのか

学生スポーツはプロ養成の場ではないと語る岩出監督。

講義に出席する学生の大半はアスリートではない。それでもスポーツ心理学の講義が人気なのは、スポーツだけではなくビジネス現場のマネジメントなどにも、「集中力」「闘争心」「モチベーション」をどう自分でコントロールできるのか、その知識が求められているからだ。

「ラグビー部で学生と接しながら感じているのは、アドバイスを与えることが必要な場合もあれば、伴走してあげたり、後ろからついて行ってあげたり、タイプや力量によって関わり方を考えることの重要さです。トップダウンで命令だけされても面白くないでしょう。発想力や構成力が養われれば、学生たちも自発的に考える楽しさを味わえるようになる。そういうクリエイティブな組織というのが、強い組織なんだと思う。個々に考えられるプレイヤーたちが勝てるチームには必要なんです」

勝てるチームづくりを目指し、実際に全国選手権の9連覇を達成できるまでにチームを成長させた。しかし、たとえチームがどれだけ強くなっても、帝京ラグビー部を出れば誰もがプロ選手になり、日本代表に選ばれるというわけではない。というよりも、むしろその方が少数であり、大学を卒業してからラグビーと関わらずに就職する学生がほとんどだといえる。

「ラグビー部の監督として、もちろん勝てるチームづくりを常に目指してきました。しかし大学の4年間が何のためにあるのかというと、ラグビーで勝つことだけを目指す期間ではなく、社会に出る前の最後の成長の4年間として考えなければいけません。部活でレギュラーになりたい、優勝したい、というのは叶えばその時は嬉しいかもしれないけど、それを人生の糧にするためには、もっと広い目で4年間での成長、さらにその先の成長へとつながる学びを得る必要がある。能動的に考えられる人間に成長する場としてのラグビー部であり、菅平の合宿であり、スポーツ心理学の講義だと思っています」

岩出監督は4年生が部活から引退する最後の冬に、菅平へのスキー旅行を学生たちにプレゼントしている。菅平でラグビーボールを追いかけた合宿の日々が、最後に楽しかった記憶として定着するように。そして学生たちは、春を迎えて社会へと旅立っていく。

岩出雅之(いわでまさゆき)
帝京大学ラグビー部監督
帝京大学医療技術学部スポーツ医療学科教授
1958年、和歌山県生まれ。日本体育大学ラグビー部でフランカーとして活躍し、1978年全国大学ラグビー選手権大会で同大学2度目の優勝。4年次には主将を務め、1980年卒業。教員として勤務した滋賀県八幡工業高校でラグビー部顧問として7年連続花園に出場。高校ラグビー日本代表監督を務め、1996年より帝京大学ラグビー部監督に就任。同大学では経済学部講師などを歴任後、2011年4月より医療技術学部スポーツ医療学科、スポーツ医科学センター教授就任。