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INTERVIEW

勝利の縁の下~アスリートを支える勝負師~ vol.2 コナミスポーツ体操競技部ヘッドコーチ 森泉貴博(中編)

August.23.2019

日々の練習で高い緊張を。試合ではのんびりと

大学卒業と同時に現役を引退し、朝日生命で指導者の道を歩み始めた森泉貴博。旧ソ連の伝説的体操選手ニコライ・アンドリアノフのもとで、基盤を築いた。そしてのちにコーチとしてオリンピックで4つの金メダル獲得に貢献することになる。1996年アトランタ五輪に塚原直也のコーチとして参加し、その後はナショナルチームのヘッドコーチも務めている。28年ぶりの団体金メダルを獲得したアテネ五輪。そのキャプテン指名において、森泉はなにを考えたのか? 競技を支える心理面について訊いた。

取材・文/矢内由美子

勝つためには実績だけでなく、人間性も見極める

1996年アトランタ五輪、森泉貴博は塚原直也の支援スタッフとして帯同した。チーム最年少の塚原には勢いもあり、日本チームで最高成績を収めた。ところが、金メダル獲得が期待された2000年シドニー五輪では不調に陥り、メダルはおろか表彰台にも届かなかった。

それから3年経った2003年、森泉は、ナショナルチームの専任コーチングディレクターに就任する。そして、2004年アテネ五輪には男子ナショナルチームのヘッドコーチとして参加した。

アテネ五輪のメンバーは、3度目の出場となる塚原をのぞく、5人が初めての五輪出場、五輪未経験者だった。そのため、塚原がキャプテンになるものと思う人も多かった。

しかし、ここで森泉はさまざまなことを考え、塚原一人に負担が集中するのは良くないと、キャプテンを初出場の米田功に任せる決断をした。

あまり知られていないが、五輪ではキャプテンの業務が想像以上に多い。チームの代表として連絡を受けたり選手たちに指示をしたり、行事の挨拶があったりと、体操以外の役割が結構あるのだ。

米田は塚原と同い年でチーム最年長。五輪の出場経験はなかったがアテネ五輪代表選考会の個人総合をトップで通過しており、性格的にも闘志とリーダーシップを併せ持つ。キャプテンを任せられる選手だった。

こうして迎えたアテネ五輪。体操ニッポンの活躍は今なお語り継がれるほどのすばらしさだった。チームは一致団結し、28年ぶりの団体金メダルに輝いた。

このとき重要だったのは、選手全員がそれぞれの役割をきっちりとまっとうしたことだ。そして、それを引き出す一翼を担ったのがヘッドコーチの森泉だった。  

「勝つためには、それまでの積み重ねや、選手の性格など、いろいろな要素を見定めることが必要です。キャプテンに任命したときにその選手が力を発揮できるタイプなのかどうかを見極めるのも、とても重要です」

26歳で味わった最初で最後の体験

試合の取材現場で接する森泉はいつも穏やかで落ち着いており、ナーバスになっているときがまずない。そのことを尋ねると、「コーチである自分が焦ってしまったというような経験はない」という。

しかし、そんな森泉が唯一、強い緊張感を味わったのが、1996年アトランタ五輪代表最終選考会でもあったNHK杯(神奈川・等々力体育館)だった。

この試合、森泉がコーチとしてついた塚原直也は規定演技の鉄棒でややミスがあり、5位で自由演技に臨むことになった。規定5位ということは、6人(当時)の代表枠に入るにはギリギリの順位。自由演技でひとつでも失敗すれば代表に入ることができない可能性がある。

森泉は焦るような心理状態に見舞われた。

「試合中はどうやって声を掛けたらいいのだろうかと、そればかり考えていました。演技前は3分間のアップがあるので、それを見て的確な指示をしなければならないのに、『下手なことを言って演技で失敗したらどうしよう』とか。6種目を回る間ずっとそんなことばかりでした」

それでも塚原には勢いがあり、全体的に良い演技で全6種目を終えた。結果は5位。無事にアトランタ五輪の代表に選ばれた。

すると、森泉の胸の中に今まで味わったことのない感情がわき上がってきた。成績発表を見てホッとした森泉は、体育館のドアを開けて一歩外に出たとたんに号泣した。

「何の感情か、自分ではまったく分からないままに涙があふれ出ていました。緊張が解けたのだと思います。その後はトイレに行ってドアを閉めて、ひとりで泣きました。かなりの時間がかかってようやく泣き止んでから、応援席に上がって挨拶をしましたね。感情をコントロールできないほどの緊張感を味わったのはそのときが最初で最後。それ以降はどんな大会に行っても緊張することはなくなりました」

当時、森泉は社会人4年目の26歳。

「あのときの経験が一番大きいと思います。その後は試合中もいろんな目線で見ることができるようになったし、選手にも声を掛けられるようになりましたから」

緊迫する場面でも決して動じることのないコーチの存在は、選手の力を存分に引き出すために不可欠だ。

「コーチが試合のときに焦ったりすると、特に選手は分かるんです。そういうものを選手に感じ取られないようにするには、選手が日々の練習を試合のつもりでやる、というのと同じように、コーチも日頃からそのようにやるのが大事。逆に言えば、試合ではある意味のんびりとやるのも大事です。それが臨機応変な対応力につながると思います」

森泉 貴博(もりいずみ・たかひろ)
1970年11月26日、愛知県名古屋市生まれ。埼玉栄高校から日本大学へ進学。大学を卒業した1993年に朝日生命体操クラブで指導者のキャリアをスタートさせる。2003年から2008年まで日本オリンピック委員会男子体操競技専任コーチングディレクターとして、日本体操協会男子ナショナルチームヘッドコーチに。2009年からコナミスポーツ体操競技部で内村航平らの指導に携わり、現在に至る。コーチとして五輪に6度参加。2019年10月にドイツで開催される世界選手権にはコナミスポーツで指導する神本雄也が出場予定。