菅平高原観光協会

勝ちたいなら、菅平。

INTERVIEW

勝利の縁の下~アスリートを支える勝負師~ vol.2 コナミスポーツ体操競技部ヘッドコーチ 森泉貴博(後編)

August.30.2019

選手は十人十色。絶対がないのが体操なんです

日本のナショナルチームを指導し、世界大会も経験した森泉貴博。数多くの才能の原石と出会うチャンスに恵まれる。朝日生命時代、小学生だった内村航平との出会いもそのひとつだろう。粗削りだった少年に基礎を叩き込んだ。その結果、世界を魅了するあの「美しい体操」の誕生へと繋がっていく。2009年からコナミスポーツ体操競技部での指導を開始すると、内村をはじめ数多くのオリンピアンを輩出している。そして今、東京五輪のその先を見据えて、森泉が考えるのが、指導者育成のことだった。

取材・文/矢内由美子

内村航平のメンタルが強い理由

内村航平が日本体育大学に入学した2007年。前年の成績により、内村は18歳にしてナショナル強化選手に入った。そして、森泉はナショナルチーム ヘッドコーチとして、ナショナル合宿などで内村を見るようになっていく。

内村は小学生の頃から年に数回、実家のある長崎県から朝日生命に出稽古に来ていた。その当時の内村を指導していたのも、朝日生命の男子選手を担当していた森泉だった。

小学生の頃の内村は、年齢の割には多くの技を習得していたが、足や姿勢は決してきれいではなかったそうだ。森泉はニコライ・アンドリアノフコーチと相談し、基本技術を何年も教え込んだ。当時の様子を森泉が振り返る。

「内村自身は、技をやるのが楽しくて体操が好きだったんだと思うんです。だから、最初は朝日生命に来るのが苦痛だったのではないかと思います。基本ばかりでしたから。でも年々少しずつ良くなって、足がそろうようになり、ヒザが伸びるようになっていきました」

森泉の目から見て、内村が一流のジムナストとして勝者のメンタリティーを身に付けたのは、2008年北京五輪の個人総合だった。

「北京五輪の個人総合で、内村があん馬で落ちた後の変わりようがすごかったのです。本人はあん馬で落ちたときに一瞬あきらめかけたと思うのですが、次のつり輪から持ち直して、最後の鉄棒が終わってみれば銀メダルでした。五輪という舞台でミスから気持ちを持ち直し、メダルを取れたというところで、メンタルが強くなったのだと思います」

 個人総合の2つ目の種目だったあん馬で落下したとき、森泉は内村にこのような言葉を掛けたという。「アテネ五輪の個人総合で優勝したポール・ハム(アメリカ)は、ゆかからつり輪まで順調にきてたけど、跳馬で失敗した。でもその後もあきらめることなく平行棒と鉄棒をやったから、金メダルを獲れたんだ。個人総合というのは、最終種目が終わるまでわからない。途中で失敗しても諦めない方がいいぞ」

選手をよく見ること。だから的確なアドバイスができる

©︎日本文化出版

内村はその後、日本体育大学を卒業した2011年にコナミスポーツに入る。森泉はすでにコナミスポーツでコーチを務めていた。内村の同期にはのちにロンドン五輪、リオ五輪に出場する山室光史もいた。彼ら以外にもコナミスポーツは、沖口誠、田中佑典、加藤凌平という五輪メダリストを輩出している。世界のトップでしのぎを削る選手に対して、森泉は普段の練習でどのような指導をしているのだろうか。

「トップ選手というのは、自分で考えて自分で体を動かしてるからこそ、失敗も少ないのです。だから、つねに声掛けをするのではなく、声を掛けるのは1週間に1回ぐらいで良いのではないかという考えで見ていました。例えば、練習で技が成功したときに、『今のはこうなっていたけど、何日前にはこうなっていて失敗していた。どこをどう変えたんだ?』というような聞き方をします。私の声掛けは指導というよりも軽いアドバイスで、日頃から選手をよく見ていることを大切にしています」

選手は非常に繊細だ。日頃から細やかに見ていなければ、的確な声を掛けられず、ケガをしてしまうリスクもある。

指導の中で自分の考えを全面的に押し出さないのも森泉流だ。

「自分の考えは言いますけど、絶対にこうじゃないといけないというものではありませんから。体操は1つの技でもみんなやり方違います。選手は十人十色。絶対がないのが体操なんです」

選手の個性や置かれた状況に応じて、最適な言葉を引き出しから用意するのが森泉の真骨頂だ。コーチ業に就いてから26年。その引き出しはもう数え切れないほどになっている。

そして、自身にとって6度目の五輪だった2016年リオデジャネイロ五輪で、日本は1976年モントリオール五輪以来40年ぶりに団体と個人総合の両方で金メダルを獲得した。コーチを志したときの目標は、かなりの部分で叶えているようにも見える森泉だが、これからの夢は何だろう。

「目標は同じというか、何も変わらずです。逆に、ここまでやってくると変えちゃいけないかなと思っています。今後もいろいろな選手と接触する機会が多いと思うので、選手に応じた引き出しを開きながら、細かく丁寧に指導していくことですね。特に今は、ロシアや中国がかなり上を行っていますし、アメリカ、イギリス、ウクライナもいます。東京五輪に向けて厳しくなることが予想される中で、今までの経験を生かして、選手たちをサポートしてあげたい」

今後は東京五輪の先を見据え、次の世代のコーチたちへの引き継ぎに取り組んでいく時期に差し掛かってくるという思いもある。

「これからは選手だけではなく、五輪や世界選手権などでのコーチ経験が少ない指導者をサポートしていかなければと思います。これまでの経験を生かして、日本チーム全体を押していく。そういう役割があると思っています」

使命感に燃える目がそこにある。その情熱は指導者としてスタートした26年前と変わらない。

森泉 貴博(もりいずみ・たかひろ)
1970年11月26日、愛知県名古屋市生まれ。埼玉栄高校から日本大学へ進学。大学を卒業した1993年に朝日生命体操クラブで指導者のキャリアをスタートさせる。2003年から2008年まで日本オリンピック委員会男子体操競技専任コーチングディレクターとして、日本体操協会男子ナショナルチームヘッドコーチに。2009年からコナミスポーツ体操競技部で内村航平らの指導に携わり、現在に至る。コーチとして五輪に6度参加。2019年10月にドイツで開催される世界選手権にはコナミスポーツで指導する神本雄也が出場予定。