菅平高原観光協会

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INTERVIEW

私の菅平 vol. 1
アテネ五輪女子マラソン金メダリスト
野口みずき(前編)

October.31.2019

写真・文/中島良平
取材協力/リゾートロッジすずもと 岩谷産業陸上競技部

2004年アテネ五輪女子マラソンの金メダリストで、翌年のベルリンマラソンで打ち立てた2時間19分12秒の記録が、女子マラソン日本記録として2019年現在も破られていない野口みずきさん。1999年に世界ハーフマラソンへの出場が決まり、その調整で初めて菅平にやってきてから高地トレーニングのために通うようになった。現在、アドバイザーを務める岩谷産業陸上競技部の合宿でも菅平入り。全3回のインタビュー第1回では、菅平での経験を中心に話を聞いた。

「菅平は合宿の町」という実感を持ち続けて

金メダルを取ったアテネ五輪の前に菅平牧場の奥に位置するトレイルでトレーニングをしたことがきっかけとなり、栄誉を記念して帰国後にその地が「野口みずきクロカンコース」となった。野口さんは感慨深げに当時のことを振り返る。

「金メダルの記念にと菅平の方々が言ってくださって、本当に立派な石を運んでプレートをつけてくださいました。除幕式の際には菅平の子どもたちと一緒にコースを走ったり、すごくいい思い出になっていますが、それ以前からトラックでもクロスカントリーコースでも練習させていただいたことに感謝しています。畑もあるので収穫期は迷惑にならないかと気にもしていたのですが、皆さん受け入れて応援してくださって、菅平は本当に合宿の町なんだと思いますね」

レースから2ヶ月後に設置されたコースの石碑には、菅平から野口さんへの思いが刻まれている。

足腰が鍛えられて「ハーフの女王」に

社会人2年目の年度末に差し掛かる1999年2月、グローバルに入社し、すぐに犬山ハーフマラソンで優勝を果たした。そして世界ハーフマラソンへの参加が決まると、大会前の調整で初めて菅平にやってきた。

「トラックもあれば距離走ができるコースもあって、2002年ぐらいに別チームの監督さんと選手が監修して、クロスカントリーのコースもできました。私も使わせていただいて、それからは本格的にクロスカントリーをトレーニングに取り入れるようになりました」

世界ハーフマラソンでも当時マラソンの世界記録保持者であるテグラ・ロルーペに続くタイムで準優勝を果たすと、ハーフマラソンでの好成績を重ね、やがて「ハーフの女王」と呼ばれるようになる。パフォーマンスを高めるのに菅平でのトレーニングは欠かせなかったという。

インタビューは選手時代からの常宿で、岩谷産業陸上部の合宿でも滞在するリゾートロッジすずもとで行われた。
かつて自身も使用したこの場所は、角度の緩い上りを100mほどダッシュする過酷なトレーニングの場所。

「日本のクロスカントリーコースはすごく整備されていて、芝生もピシッと整地されて地面も平らになっているような場所が多いんですが、菅平のコースはすごく自然な感じで走れるんです。足首とか太ももとかお尻とか、全体にちょうどよく負荷がかかって必要な筋肉がバランスよく鍛えられます。地面が斜めのところはバランスを崩しやすい選手には不向きかもしれませんが、私は足腰をすごく鍛えられてよかったと感じています」

復活を助けたのは菅平の上り

菅平への強い思い入れについて話を聞くと、もちろんアテネ五輪の前にトレーニングを行った記憶も強く残っているそうだが、それ以上にキャリア後半の話が思い出されるという。

「2008年の北京五輪出場が決まりながらも左足肉離れで欠場することになり、そこから復活するまでが長かったんですよね。1年間ぐらいはほぼ足のリハビリを行い、やっと走れるようになるのにあと1年ぐらい時間がかかりました。その間にも痛めた左足の筋力が落ち、右足との筋力差があり、よく言われる“足抜け(注)”という症状が出てきました。その状態から回復するために、やっぱり菅平で足づくりをしようと。アテネで金メダルも取れたし、もう一度立て直すなら菅平だと思ったんです」

(注)走っている際に急に足の力が抜け、地面に安定して足を着いていられず、体を支えられずにフラフラするような足のトラブル。長距離ランナー特有の症状だという。

菅平の雄大な景色、豊かな自然が過酷なトレーニングをやり抜く野口さんを後押ししてくれたという。

“足抜け”によくないのは、下り道を走ることだと言われていた。野口さんは菅平でひたすら上り道を走り、車に乗って坂を下りるという方法でトレーニングを続けた。徐々に左右の足の筋力差がなくなり、2013年に名古屋ウィメンズマラソンで2位に輝き、世界陸上にも出場。「また世界の舞台に戻ってこられた」という実感が得られた。

「ウェイトトレーニングでも筋力は付けられるんですけど、私はやっぱり走ってつけたいという思いが強いんです。鍛えているときはもちろんきついですが、きついだけではなく菅平だと空気が澄んでいる日に遠くの北アルプスがすごく近く感じられたり、きついだけではなく景色と環境が癒してくれる。目にもいいし、体で感じる空気もきれいだし、私は景色を見ながら走るのが好きなんで菅平でのトレーニングはすごく記憶に残っています」

次回のインタビュー第2回では、アテネ五輪の金メダルや日本記録を出したベルリンマラソンなどのキャリアの話や、アスリートとして得られる喜びについてお届けする。

野口みずき
アテネ五輪女子マラソン金メダリスト
三重県出身。1999年、犬山ハーフマラソンで優勝(グローバリーに在籍)。以降、国内外のハーフマラソン大会で活躍し「ハーフの女王」と呼ばれる。2002年3月、初のフルマラソンとなる名古屋国際女子マラソンで優勝。同年8月の世界選手権パリ大会で2位(日本選手としてトップ)となり、アテネ五輪の代表内定。2004年8月22日、アテネ五輪女子マラソンで優勝。翌2005年のベルリンマラソンで2時間19分12秒の大会新記録、アジア新記録、日本新記録を出して優勝(2019年10月現在もアジア記録、日本記録)。2008年の北京五輪でも女子マラソン代表に選ばれるが、ケガで出場を断念。2016年4月に現役を引退。2019年より、選手時代に指導を受けた廣瀬永和氏が監督を務める岩谷産業陸上競技部でアドバイザーを務める。

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